親が認知症になったら、口座はどうなるか——「凍結」の正体、元気なうちにできる代理人の届出と任意後見、そして成年後見制度は2026年の改正でどう変わるか
親が認知症と診断されたとき、多くの家族が最初にぶつかるのがお金の問題です。施設の入居金を払いたい、介護サービスの支払いを親の口座からしたい、定期預金を解約して医療費にあてたい。ところが銀行の窓口で「ご本人の意思確認ができないので」と止められる。これが、俗に「口座の凍結」と呼ばれている状態です。
国の推計では、65歳以上の認知症の人は2040年に約584万人、認知症ではないものの認知機能の低下がみられる軽度認知障害(MCI)の人は約613万人になるとされています(厚生労働省「認知症施策推進基本計画」)。MCIが必ず認知症に進むわけではありませんが、多くの家庭に関わりうる問題です。この記事では、凍結の正体、元気なうちにできる備え、判断能力が落ちてからの制度、そして2026年6月に成立した改正法で何が変わるかを整理します。
「凍結」の正体——銀行は本人を守るために止める
「凍結」という言葉は法律用語ではありません。実際に起きているのは、銀行が本人の判断能力の低下を把握すると、本人保護のため、本人や家族による払戻しなどを慎重に確認し、一部の取引を制限することがある、ということです。すべての入出金が一律に止まるわけではなく、対応は銀行や取引の内容によって異なります。預金は本人のものなので、本人の意思が確かめられない以上、たとえ子であっても自由には引き出せない。これは意地悪ではなく、本人保護の原則です。
では、どうすれば動かせるのか。全国銀行協会は2021年2月に「金融取引の代理等に関する考え方」を公表し、状況ごとの対応の考え方を示しました(各行に一律の対応を求めるものではなく、銀行ごとに違いがあります)。要点は次の4つです。
| 状況 | 銀行の対応の考え方(全国銀行協会 2021年2月) |
|---|---|
| 本人の判断能力が低下している | 本人の財産を守る観点から、成年後見制度の利用を促すのが基本。手続きが終わるまでの間など、やむを得ず本人と取引する場合は、本人のための費用(医療費など)の支払いであることを確かめて対応 |
| 本人が元気なうちに、家族を代理人として銀行に届け出ていた | 本人から家族などへ有効に代理権が与えられ、銀行が任意代理人の届出を受けていれば、その代理人と取引できる |
| 届出のない家族が「代わりに」引き出したい | 原則として応じない。ただし、医療費・介護費など、本人の利益に合うことが明らかな場合に限って、限定的に対応することがある(請求書などで使いみちを確かめる) |
| 成年後見人などが選ばれている | 後見人等が本人に代わって取引する。銀行に審判書・登記事項証明書などを提出して届け出る |
つまり、判断能力が低下したあとに継続して代理で取引するための基本的な選択肢が成年後見制度で、元気なうちに備えるなら代理人の届出と任意後見です。届出のない家族の引き出しは、医療費・介護費の支払いなど「本人のため」と示せるものに限って、銀行が個別に判断します。「ダメと言われた」で終わらせず、「本人の施設費用の支払いです。請求書があります。どういう手続きなら可能ですか」と聞くのが、現実的な一歩です。
元気なうちにできる備え——3つ
①銀行に「代理人」を届け出る(代理人カード・代理人指名)
銀行によっては、本人の意思を確認したうえで、銀行所定の方法により家族などを代理人として届け出る仕組みがあります(代理人カードの発行、代理人指名手続きなど、名前と内容は銀行ごとに違います)。本人が判断能力のあるうちに、本人の意思で手続きをするのが前提です。年金が振り込まれる口座、施設や介護の引落し口座を一つにまとめてから届け出ると、あとが楽です。取引のたびに使えるので、任意後見よりも日常の支払いに向いています。ただし、判断能力が低下したあとの扱いは銀行によって異なるので、届出のときに「本人が認知症になったあとも使えますか」と確認してください。
②任意後見契約を結ぶ(+見守り契約)
本人が元気なうちに、将来の後見人と「判断能力が不十分になったら、財産管理や施設の契約を任せる」と契約しておく制度です。公正証書で作る必要があります。実際に効力が生じるのは、判断能力が低下したあとに家庭裁判所が任意後見監督人を選んでからで、それまでの間、受任者が定期的に本人と連絡を取る「見守り契約」を組み合わせる方法もあります。誰に任せるかを本人が決められるのが、法定後見との違いです。詳しくはひとり暮らしの見守りの「契約で備える」の項をどうぞ。
③家族信託(民事信託)
本人(委託者)が、子など信頼できる人(受託者)に財産の管理を任せる契約です。柔軟な設計ができる一方、実務上は契約書の作成や信託用の口座の確保について専門家の支援を受けることが多く、費用がかかる場合があります。金融機関によって対応も違います。向き不向きがはっきりしているので、司法書士・弁護士など複数に相談して比べてください。この記事では詳しく触れません。
3つに共通する注意は、本人に判断能力があるうちにしかできないことです。基準は認知症という診断名ではなく、本人が手続きや契約の意味と結果を理解し、自分の意思を示せるかどうかです。認知症の診断後でも判断能力が残っていれば利用できる場合があり、逆に診断前でも判断能力が不十分なら契約できないことがあります。日本公証人連合会も、認知症だからといって直ちに判断能力が欠けると評価されるわけではなく、医師の診断などを参考に公証人が個別に判断する、と説明しています。また、代理人や受任者は本人が自分で選ぶものです。家族が「代わりに決める」ものではありません。
判断能力が落ちてから——法定後見(後見・保佐・補助)
すでに判断能力が落ちている場合は、家庭裁判所に申し立てて、本人を支える人を選んでもらう法定後見を使います。判断能力の程度で3つに分かれます。
| 類型 | 対象 | 支援する人ができること |
|---|---|---|
| 後見 | 判断能力が欠けているのが通常の状態 | 財産に関するすべての法律行為を代理する。本人がした法律行為(日常生活に関する行為を除く)を取り消せる |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分 | 借金・保証・不動産の売買など民法13条1項の重要な行為について同意権・取消権を持つ。別の審判により、特定の行為について代理権を付けられる(本人の同意が必要) |
| 補助 | 判断能力が不十分 | 本人の同意を前提に、申立ての範囲で特定の行為について同意権・取消権または代理権を付けられる |
手続きの要点は次のとおりです。
- 申し立てできる人:本人、配偶者、四親等内の親族、検察官、市町村長など。申立先は本人の住所地の家庭裁判所。
- 期間:申立てから審判までおおむね1〜2か月。医師の鑑定を行う場合はさらにかかり、鑑定費用は申立人が納めます(裁判所)。
- 誰が後見人になるか:申立書に書いた候補者が必ず選ばれるわけではありません。事案によって弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門職が選ばれたり、複数の後見人が選ばれたりします。最高裁の集計では、2025年(令和7年)に親族が後見人等に選ばれた事件は16.4%で、83.6%は専門職などでした。
- 費用:後見人や後見監督人への報酬は、家庭裁判所が要否と金額を決め、本人の財産から支払われます。専門職が選ばれ、報酬付与が認められた場合は、継続的に本人の財産から報酬を支払うことになります。
- いつまで:現在の制度では、本人の判断能力が回復して開始の審判が取り消された場合などを除き、通常は本人が亡くなるまで続きます(次の項の改正で変わります)。
2025年の申立件数は4万3,159件(うち後見開始が2万9,233件)、年末時点の利用者は約26万人。申立ての動機でいちばん多いのは、預貯金の管理・解約です。この記事の冒頭の「口座が動かせない」が、そのまま制度利用の最大の理由になっています。
2026年6月に成立した改正——「必要なときに、必要な範囲で」へ
2026年(令和8年)6月17日、成年後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が成立し、6月24日に公布されました。要点は、後見と保佐を廃止して補助に一元化し、本人にとって必要な範囲でその利用を可能にすることです。現在の制度で指摘されてきた、本人に必要な範囲を超えて権限が広くなりうることや、必要性が小さくなっても終了しにくいことが、見直されます。
ただし、成年後見の見直しに関する部分の施行は公布から2年6か月以内に政令で定める日で、この記事の時点ではまだ現在の制度が動いています。いま申立てを考えている方は、「改正を待つ」より「いま必要か」で判断してください。施設の契約や預金の解約が止まっているなら、待つ間の不利益のほうが大きいことが多いからです。同じ改正法には、遺言をパソコンなどの電子データで作って法務局で保管する「保管証書遺言」の創設(公布から3年以内に施行)も含まれています(遺言書は、書いて終わりではありません)。
亡くなったあと——本当に口座が止まる
認知症のときの「凍結」が本人保護のための制限だったのに対し、亡くなったあとは、預金が相続財産になるので、遺産分割が終わるまで原則として引き出せません。ただし2019年7月からは、葬儀費用や当面の生活費のために、相続人が単独で一部を引き出せる制度があります(民法909条の2)。引き出せるのは、相続開始時の預貯金額の3分の1×その相続人の法定相続分まで、かつ金融機関ごとに150万円まで(法務省令)です。亡くなったあとの手続き全体は家族が亡くなったあとの手続き——期限の順ににまとめています。
いま何をするか——順番
- 親が元気なら:年金と引落しの口座を整理し、親自身が銀行に代理人の届出をする。任意後見を検討するなら公証役場か司法書士・弁護士へ。あわせて電話とATMと「警察官」——特殊詐欺の備えの対策を一緒に済ませる(代理人カードや暗証番号を家族以外に渡さない)。
- 診断が出たばかりなら:まず銀行に「本人のための支払いで、どの手続きなら可能か」を聞く。並行して、地域包括支援センターか自治体の成年後見の中核機関(厚労省「成年後見はやわかり」で相談窓口を探せます)に相談し、法定後見が必要かを見きわめる。
- 施設入居や解約が止まっているなら:家庭裁判所への申立てを進める。申立書の書き方は家庭裁判所のサイトに手引きがある。申立書類の作成は司法書士に、申立手続の代理や法律相談は弁護士に依頼できる。
- 亡くなったら:口座は相続財産。葬儀費用が要るなら、909条の2の払戻し制度を金融機関に申し出る。
起こりやすい後悔は、「元気なうちに、お金の話をしなかった」ことです。親の口座の話は切り出しにくいものですが、「あなたが困らないように」ではなく「自分(子)が困らないように、手続きを教えてほしい」と頼む形にすると、話しやすくなります。
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「うちの銀行ではこう言われた」という体験は、質問・リクエスト箱から教えてください。銀行ごとの違いとして記事に反映していきます。
出典
- 厚生労働省「認知症施策推進基本計画」(令和6年12月。2040年の認知症高齢者約584万人・MCI約613万人の推計) (2026年9月14日確認)
- 厚生労働省「軽度認知障害(MCI)について」(MCIは認知症そのものではないが健常な状態でもない) (2026年9月14日確認)
- 一般社団法人全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について」(2021年2月18日。成年後見制度の利用を促す・手続完了までの医療費等の支払い・任意代理人の届出・無権代理人との限定的な取引) (2026年9月14日確認)
- 法務省「成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A」Q3〜Q15 法定後見制度について(後見・保佐・補助の違い、申立てができる人、親族以外が選ばれる場合) (2026年9月14日確認)
- 裁判所「成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ」(申立てから審判まで1〜2か月・鑑定費用は申立人負担・候補者が必ず選任されるとは限らない・報酬は家裁が決め本人の財産から) (2026年9月14日確認)
- 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況—令和7年1月〜12月—」(申立件数43,159件、後見開始29,233件、利用者数259,901人、親族が選任された割合16.4%・親族以外83.6%、申立ての動機は預貯金等の管理・解約が最多) (2026年9月14日確認)
- 法務省「『民法等の一部を改正する法律』(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(令和8年6月17日成立・6月24日公布・法律第45号、後見・保佐を廃止し補助に一元化、施行は公布から2年6月以内、保管証書遺言は3年以内) (2026年9月14日確認)
- 日本公証人連合会「任意後見契約」(公正証書で作成、財産管理等委任契約との移行型) (2026年9月14日確認)
- 日本公証人連合会 任意後見契約Q&A Q16(認知症であるからといって直ちに判断能力が欠けていると評価されるわけではなく、医師の診断等を参考に公証人が個別に判断) (2026年9月14日確認)
- 民法 第909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使。e-Gov法令検索) (2026年9月14日確認)
- 民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令(平成30年法務省令第29号。150万円。e-Gov法令検索) (2026年9月14日確認)
- 厚生労働省「成年後見はやわかり」(制度の案内と相談窓口・中核機関の検索) (2026年9月14日確認)