誠一の老後メモ

知らないと損をすることを、ひとつずつ。

遺言書は、書いて終わりではありません——自筆で書く4つの決まり、法務局に3,900円で預ける制度、公正証書という選択肢

家族が亡くなったあとの手続きの記事で、相続の手続きは期限の順に並べると迷わない、と書きました。ただ、残された家族が一番迷うのは、期限ではなく「本人はどうしたかったのか」です。それを紙に残すのが遺言書です。

遺言書というと「資産家のもの」「弁護士に頼むもの」という印象があるかもしれません。でも、民法の決まりを守れば紙とペンで自分ひとりで書けますし、法務局に3,900円で預ければ、亡くなったあとの面倒な手続きがひとつ減ります。この記事では、その決まりと預け方、そして「自筆では足りない」ときの公正証書遺言について整理します。

まず、遺言書がないとどうなるか

遺言書がなければ、相続人全員で話し合って(遺産分割協議)決めるか、法律の割合(法定相続分)で分けることになります。話し合いがまとまれば問題ありませんが、まとまらないと家庭裁判所の調停へ進みます。

日本公証人連合会が「遺言の必要性が特に高い」と挙げている例のひとつが、子どものいない夫婦です。夫が亡くなり、子がおらず、夫の父母・祖父母などの直系尊属も全員亡くなっていると、法定相続では妻が4分の3、夫のきょうだいが4分の1を相続します。長年連れ添った妻に全部残したいなら、遺言書が要ります。きょうだいには遺留分(後述)がないので、遺言さえあれば全財産を妻に残せます。ほかにも、再婚で前の配偶者との子がいる、事実婚のパートナーがいる、特定の子に家業や実家を継がせたい、といった場合は、遺言がないと本人の意思どおりになりません。

なお「相続税がかかるかどうか」は別の話です。相続税の基礎控除 計算で目安が分かりますが、税金がかからない家でも、分け方でもめることはあります。

自筆証書遺言——自分で書くときの4つの決まり

自分で書く遺言書を「自筆証書遺言」といいます。民法968条が定める決まりは、次の4つです。ひとつでも欠けると無効になります。

  1. 全文を自分の手で書く(パソコン・代筆は不可。ただし財産目録は例外、後述)
  2. 日付を書く(「令和8年9月吉日」のように日が特定できないものは不可。年月日を書く)
  3. 氏名を書く
  4. 押印する(認印でも構いませんが、実印のほうが本人のものと分かりやすい)

2019年1月13日以降に作る遺言書では、財産目録(どの預金・どの不動産か、の一覧)だけはパソコンで作ってよいことになりました。預金通帳のコピーや登記事項証明書を添付する形でも構いません。ただし目録の各ページ(両面なら両面)に署名と押印が必要です。本文は変わらず手書きです。

書き間違えたときの訂正にも決まりがあります。訂正した場所を示し、「◯字削除◯字加入」のように変更した旨を付記して署名し、変更した箇所に押印します。この方式を守らない訂正は効力がありません。書き損じたら、最初から書き直すほうが安全です。

15歳以上なら遺言書を作れます。あとから内容を変えたくなったら、新しい遺言書を作れば、古いものと矛盾する部分は新しいほうが優先されます。

自宅に置いておくと起きる、3つの問題

決まりどおりに書いても、自宅の引き出しに入れたままだと、次の問題が残ります。

  • 見つからない。存在を誰も知らなければ、無いのと同じです。逆に、見つけた人が黙って捨てたり書き換えたりする心配もゼロではありません。
  • 家庭裁判所の「検認」が要る。自宅保管の自筆証書遺言は、相続が始まったら遅滞なく家庭裁判所に提出して検認を受けなければなりません(民法1004条)。封のある遺言書を家庭裁判所の外で開封したり、検認を経ずに執行したりすると、5万円以下の過料の対象になります(1005条)。検認は「内容が正しいか」の審査ではなく、その時点の状態を記録する手続きですが、家庭裁判所への申立てと期日の指定が必要なぶん時間がかかり、その間、遺言書にもとづく預金の解約や相続登記は進められません。
  • 形式の不備に誰も気づかない。日付が「吉日」だった、押印を忘れた——亡くなったあとで分かっても、直せません。

法務局に預ける——自筆証書遺言書保管制度(3,900円)

この3つの問題を解決するために、2020年7月10日から法務局(遺言書保管所)が自筆証書遺言を預かる制度が始まりました。要点は次のとおりです。

項目内容
手数料保管の申請 1件 3,900円(収入印紙)。預けたあとの保管料はかかりません
誰が遺言者本人が予約して法務局に出向きます。代理・郵送は不可。顔写真つきの身分証明書(マイナンバーカードなど)で本人確認
どこに住所地・本籍地・所有する不動産の所在地、いずれかを担当する遺言書保管所(全国312か所)
検認不要(法律で検認の規定が適用除外)
保管期間原本は死亡後50年、画像データは死亡後150年
亡くなったあと相続人などは「遺言書情報証明書」(1通1,400円)を請求でき、それで預金や登記の手続きができます。閲覧はモニターで1,400円、原本で1,700円
通知希望すれば、死亡の事実を法務局が確認したときに、あらかじめ指定した人(3名まで)に「遺言書を預かっています」と通知が届きます。また、相続人の誰かが証明書を取ると、他の相続人にも通知されます
やめたいとき保管の申請を撤回して返してもらえます(本人のみ)

気をつけたいのは、法務局は形式(日付・氏名・押印・様式)を確認するだけで、内容の相談には応じないことです。「この分け方でよいか」「遺留分は大丈夫か」は、自分で調べるか専門家に相談する必要があります。

預けるための「様式」——ここで引っかかる人が多い

この制度で預かってもらうには、民法の決まりに加えて、法務省令の様式を守る必要があります。

  • A4サイズの用紙(地紋や色のついたもの、感熱紙は避ける)
  • 余白:上5ミリ以上・下10ミリ以上・左20ミリ以上・右5ミリ以上。余白には何も書かない
  • 片面のみに書く
  • 複数ページなら各ページにページ番号(1/2、2/2 のように)。1枚なら不要
  • とじない、封筒に入れない(法務局はページをスキャンして画像データにするため)
  • 財産目録は本文とは別の用紙に

法務省のサイトに、余白の位置を示した様式例と「遺言書チェックシート」があります。書き上げたら、そのチェックシートで確認してから予約を取るのが近道です。予約当日に書類が整っていないと、その日は手続きできません。

公正証書遺言——手書きが難しい人、確実にしたい人

もうひとつの選択肢が、公証役場で公証人に作ってもらう公正証書遺言(民法969条)です。

  • 証人2人以上の立ち会いが必要。推定相続人・財産を受け取る人・その配偶者や直系血族・未成年者は証人になれません。適当な人がいなければ公証役場で紹介してもらえます。
  • 手書き不要。公証人が本人の意思を聞き取って作成するので、手が動かなくなった方でも作れます。
  • 検認不要。原本は公証役場(電子化後は日本公証人連合会のシステム)に保管され、紛失・改ざんの心配がありません。
  • 公証人が出張できます。自宅・老人ホーム・病院で作ることが実際に行われています。一定の条件を満たせばウェブ会議での作成も認められています。
  • 方式の不備で無効になるおそれがなく、内容も法律的に整理してもらえます。相談は無料です。

費用の目安

手数料は政令で決まっていて、財産を受け取る人ごとに、その人が受け取る財産の価額で計算し、合算します。

受け取る財産の価額手数料
100万円超〜200万円以下7,000円
200万円超〜500万円以下13,000円
500万円超〜1,000万円以下20,000円
1,000万円超〜3,000万円以下26,000円
3,000万円超〜5,000万円以下33,000円
5,000万円超〜1億円以下49,000円

これに、財産の合計が1億円以下なら「遺言加算」13,000円が加わります。たとえば妻に2,000万円、子に1,000万円を残す遺言なら、26,000円+20,000円+13,000円=59,000円が基本で、ここに正本・謄本にあたる交付手数料(電子データなら1通2,500円、書面なら1枚300円)や、出張の場合の日当(1日2万円、4時間以内なら1万円)・交通費が加わります。2025年10月から公正証書は電子データで作られるようになり、遺言者には電子データまたは書面で正本・謄本にあたるものが交付されます。数万円かかりますが、「無効にならない」「検認がいらない」「手書きしなくていい」を買う費用だと考えれば、判断しやすいと思います。

3つの方法を並べると

自筆・自宅保管自筆・法務局保管公正証書
費用0円3,900円数万円〜
手書き必要必要不要
証人不要不要2人以上
家庭裁判所の検認必要不要不要
紛失・改ざんの心配ありなしなし
内容のチェックなし形式のみ公証人が確認
死亡後の通知なしあり(指定者)なし(相続人が検索は可能)

財産が預金と自宅くらいで、分け方が単純なら、自筆で書いて法務局に預けるのが費用と手間のバランスがよい方法です。分け方が複雑、相続人の関係が難しい、手書きがつらい、という場合は公正証書が向いています。

書く前に知っておく「遺留分」

遺言は本人の自由ですが、相続人となる配偶者、子や孫などの直系卑属、父母や祖父母などの直系尊属には、遺言でも奪えない最低限の取り分(遺留分)があります(父母・祖父母は、子や孫が相続人になる場合は相続人ではないので、遺留分もありません)。原則として法定相続分の2分の1(直系尊属だけが相続人のときは3分の1)です。きょうだいには遺留分がありません(民法1042条)。

たとえば「長男に全部」と書いても、他の子は遺留分にあたる金額を長男に請求できます。遺言が無効になるわけではありませんが、請求されれば長男は支払わなければならず、結局もめます。遺留分を意識した分け方にするか、なぜそう分けるのかを「付言事項」として遺言書に書き添えて家族の納得を得るか。ここは、書く前に考えておきたいところです。

まとめ——今日できること

  1. 財産の棚卸しをする。預金口座・不動産・保険・借金を一覧にする(実家じまい・生前整理の記事の「捨てる前に」の考え方と同じです)。
  2. 誰に何を残したいかを決め、遺留分に触れないか確かめる。
  3. A4の紙に、全文・日付・氏名を手書きして押印し、法務省のチェックシートで確認する。
  4. 法務局の予約を取り、本人が出向いて預ける(3,900円)。
  5. 家族に「法務局に預けてある」と伝える。通知の指定者にしておくと、より確実です。

遺言書は、亡くなったあとの家族への最後の手紙でもあります。終の住処と看取りの記事で書いた「人生会議」と同じで、元気なうちに、繰り返し見直すものだと思っています。

あわせて読む・確かめる

相続税がかかるかどうかの入口は相続税の基礎控除 計算で。亡くなったあとに家族がやる手続きの順番は家族が亡くなったあとの手続き、財産や家の片づけは実家じまい・生前整理へ。

「うちの場合はどうなる?」という疑問があれば、質問・リクエスト箱から教えてください。記事の形でお答えしていきます。

出典

この記事は民法と法務省・日本公証人連合会の公開資料をもとにした一般的な情報です。遺言書の内容(分け方・遺留分・税金への影響)は個別の事情で変わります。法務局は内容の相談に応じないため、迷う点があれば弁護士・司法書士・税理士などの専門家や、公証役場(相談は無料)にご相談ください。手数料や制度は改定されることがあります。