年金の繰下げには「基礎だけ」という選択肢がある——3つの受け取り方を手取りで比較
2026年9月30日に計算をやり直しました。以前の版は、生活費(月16万1,000円)との差で「減る貯金」を数えていました。しかしこの16万1,000円は、総務省の家計調査の「消費支出」(14万8,445円)に税金・社会保険料を足した額で、税金・保険料を引いたあとの手取りと比べると、同じ負担を2回数えることになります。また、比べる相手を「65歳から受け取る場合」ではなく生活費にしていたため、損益分岐点がずれていました。今の版では、3つの受け取り方の手取りの累計どうしを比べています。損益分岐点は、全部繰り下げが約89歳→約88歳、基礎だけ繰り下げが約79歳→約82歳に変わりました。
「70歳まで待てば、年金が42%増える」。よく聞く話です。数字そのものは正しいのですが、これは額面の話です。手取りで計算し直すと、景色がずいぶん変わります。
この記事では、年金の受け取り方を3パターンに分けて、モデルケースの手取りベースで比較します。結論を先に言うと、65歳から受け取る場合と比べて、70歳までに受け取る手取りが少なくなる額は、「全部繰り下げる」で約1,000万円、「基礎年金だけ繰り下げる」で約310万円。およそ690万円の開きが出ました。
まず、しくみのおさらい
繰下げ受給とは、65歳から受け取れる年金を66歳以降に先送りする制度です。1ヶ月遅らせるごとに0.7%ずつ増え、上限の75歳まで待つと84%増えます(75歳まで繰り下げられるのは昭和27年4月2日以後生まれの方で、それより前の生まれの方は70歳が上限です)。増額率は一生変わりません。ただし一度受け取り始めたら、やり直しはできません。
そして、ここがこの記事の核心です。年金には老齢基礎年金と老齢厚生年金の2種類があり、この2つは別々に繰り下げることができます。ここを知っているかどうかで、大きな差がつきます。
モデルケースの前提
- 65歳男性・会社員として38年勤務
- 年金月額15万円(基礎6万8千円+厚生8万2千円)
- 5歳年下の配偶者あり(65〜70歳の5年間、加給年金の対象)
- お住まいは東京都文京区・収入は年金だけ
年金額は令和8年度(2026年度)のものです。差し引かれる税金・社会保険料(介護保険料・国民健康保険料〈75歳からは後期高齢者医療保険料〉・住民税・所得税)は、当サイトの年金の手取り計算と同じ式・同じ料率(令和8年度・文京区)で計算した試算です。
この計算には、知っておいてほしい割り切りが2つあります。1つ目は、ツールと同じくひとり暮らしとして計算していることです。配偶者がいると、配偶者控除や、夫婦で入る国民健康保険の保険料、住民税が非課税になる線が変わるため、実際の金額はこの試算と違ってきます。2つ目は、負担が決まる時期のずれです。住民税と医療・介護の保険料は原則として前年の所得で決まるため、受け取り方が変わった年は負担の変化が1年遅れます(所得税はその年の所得で計算します)。ここでは、同じ額が毎年続く状態で比べています。
パターン① 65歳からそのまま受け取る
65〜70歳の5年間は、年金15万円に加給年金(配偶者の加算を含め年額42万3,700円、月にして約3万5,300円)が加わり、額面は年222万3,700円です。加給年金は配偶者が65歳になるまで受け取れる上乗せで、5年分で約212万円になります。厚生年金の加入20年以上などの条件と、届出が必要です。ここから税金・保険料が年約26万2千円引かれ、手取りは月およそ16万3,500円です。
70歳で加給年金が終わると、額面は年180万円。差し引かれるのは年約16万1千円で、手取りは月およそ13万6,600円になります(手取り計算ツールに15万円を入れたときと同じ額です)。
パターン② 全部70歳まで繰り下げる
基礎も厚生も70歳まで繰り下げると、70歳からの額面は42%増の月21万3,000円になります。ここまでは良い話に見えますが、3つの注意点があります。
- 65〜70歳の5年間、年金収入がゼロになります。その間の暮らしは、貯金や給料など年金以外のお金でまかなうことになります。年金がなくても、国民健康保険料と介護保険料は年約4万1千円かかります(収入が少ない場合の軽減を当てはめた額)。
- 繰り下げている間、加給年金は支給停止になります。このモデルでは配偶者が65歳になるのが本人の70歳なので、5年分・約212万円をまるごと受け取れません。しかも、待っても加給年金そのものは増えません。
- 増えた分に税金・社会保険料がかかります。70歳からの差し引きは年約36万1千円で、手取りは月およそ18万2,900円。額面は①より月6万3,000円多いのに、手取りの差は月4万6,300円ほどです。
65歳から受け取った場合と比べると、70歳までに受け取る手取りは約1,000万円少なくなります(年金15万円の5年分と加給年金の5年分)。これを70歳からの手取りの差(月約4万6千円。75歳からの保険料の変化も計算に入れています)で取り戻すと、損益分岐点は約87歳9か月。およそ88歳です。額面だけで比べると約84歳8か月なので、手取りで見ると3年ほど後ろにずれます。
88歳という数字を、寿命の統計と並べる
いま65歳の男性は、平均であと19.68年、つまり約84.7歳まで生きる統計です(令和7年簡易生命表)。88歳の損益分岐点はその先にあり、65歳男性のうち88歳まで生きる方は約39%、およそ10人に4人です。およそ10人に6人は、全部繰り下げでは元が取れない計算になります。
もうひとつ、健康寿命という数字もあります。日常生活に制限なく過ごせる期間の平均は、男性で72.57歳(2022年・全国平均)。どちらも平均値で個人差が大きい数字ですが、判断材料には入れておきたいところです。
パターン③ 基礎年金だけ繰り下げる(部分繰下げ)
そこで、厚生年金は65歳からすぐ受け取り、基礎年金だけを70歳まで繰り下げる方法があります。
65〜70歳の5年間は、厚生年金8万2千円+加給年金約3万5,300円で、額面は月約11万7,300円(年140万7,700円)。年金ゼロにはなりません。この額だと(ひとり暮らしの基準で)住民税が非課税になり、介護保険料の段階も下がるため、差し引きは年約7万円にとどまり、手取りは月およそ11万1,400円です。加給年金約212万円も、そのまま受け取れます。
70歳からは基礎年金が1.42倍の9万6,560円になり、額面は合計月17万8,560円。差し引きは年約24万6千円で、手取りは月およそ15万8,000円です。
65歳から受け取った場合と比べて、70歳までに受け取る手取りが少なくなる額は約310万円。②の約1,000万円と比べると、およそ690万円少なく済みます。これを70歳からの手取りの差(月約2万1千円)で取り戻すと、損益分岐点は約81歳11か月、およそ82歳です。65歳男性の平均(約84.7歳)より前で、65歳男性のうち82歳まで生きる方は約64%、およそ3人に2人です。
なお、損益分岐点が②より早いのは、基礎年金の繰下げそのものが特別に有利だからではありません。加給年金を除いた年金本体だけを額面で見れば、繰り下げた分を取り戻す期間はどちらも同じ約11年11か月です(②の額面の損益分岐点が約84歳8か月と遅くなるのは、失う加給年金の分が加わるためです)。③は加給年金を失わないこと、そして65〜70歳の収入が低く抑えられて税金・保険料が軽くなることで、②のように後ろへずれずに済んでいます。
3パターンの比較表
モデルケース(年金月15万円・5歳年下の配偶者あり・文京区・ひとり暮らしとして税と保険料を計算)の試算です。
| ① 65歳で受給 | ② 全部70歳繰下げ | ③ 基礎だけ繰下げ | |
|---|---|---|---|
| 65〜70歳の手取り月額 | 約16万3千円 (加給年金を含む) | ゼロ (保険料は年約4万円) | 約11万1千円 (加給年金を含む) |
| 70歳からの額面月額 | 15万円 | 21万3千円 | 17万9千円 |
| 70歳からの手取り月額 | 約13万7千円 | 約18万3千円 | 約15万8千円 |
| 70歳までの手取りの累計(①との差) | — | 約1,000万円少ない | 約310万円少ない |
| 加給年金(約212万円) | 受け取れる | 5年分停止 | 受け取れる |
| 損益分岐点(手取り) | — | 約88歳 | 約82歳 |
配偶者がいない(加給年金の対象でない)場合は、同じ計算で②が約85歳、③が約83歳半となり、差は小さくなります。部分繰下げが特に効いてくるのは、加給年金の対象になる方です。
いちばん大事な注意:順番を逆にしない
逆に厚生年金のほうを繰り下げると、その間、加給年金が受け取れなくなります。繰り下げるのは基礎年金だけ。厚生年金は65歳で受け取る。加給年金の対象になる方は、この順番が大切です。
部分繰下げの注意点
- 年金額が増えるぶん、70歳から医療・介護の保険料や住民税が上がります(この記事の試算に含めています)
- 繰り下げ中に亡くなった場合、増額は反映されません(遺族が受け取る未支給年金は増額前の額で、請求には5年の時効があります)
- 配偶者に振替加算がつく場合(昭和41年4月1日以前生まれの配偶者)、配偶者が自分の基礎年金を繰り下げると、その間は振替加算も受け取れず、繰り下げても振替加算は増えません
- 2028年4月から、配偶者の加給年金が約1割少なくなる予定です(令和6年度価格で408,100円→367,200円。すでに受け取っている方は現行の額のまま)
手続きは3ステップ
- 65歳のときに届く年金請求書で、厚生年金だけを受け取る
- 基礎年金は「繰下げ希望」にチェックを入れる
- 70歳になったら、年金事務所で繰下げの申出をする(日本年金機構のHPか電話で事前予約ができます)
ここに挙げた金額はすべてモデルケースの試算です。年金の内訳や家族構成、お住まいの自治体で結果は変わります。まずはねんきんネットでご自身の見込み額を確かめて、具体的な判断は年金事務所でご相談ください。
ご自身の数字で確かめてみませんか
この記事の損益分岐点や「元気なうちに受け取れる額」は、当サイトの年金の繰下げ 損益分岐 目安計算で、ご自身の年金月額を入れてその場で計算できます。入力した内容は保存されません。
このテーマをまとめて読む:年金のまとめ
出典
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」(増額率0.7%/月・最大84%。加給年金額と振替加算は増額の対象外) (2026年9月11日確認)
- 日本年金機構「加給年金額と振替加算」(令和8年度:配偶者243,800円+特別加算179,900円=423,700円〈昭和18年4月2日以後生まれ〉) (2026年9月30日確認)
- 厚生労働省「年金制度改正法の概要」(配偶者の加給年金:現行408,100円⇒見直し後367,200円〈令和6年度価格〉、既受給者は現行の額のまま。2028年4月から) (2026年9月30日確認)
- 厚生労働省「令和7年簡易生命表」(65歳男性の平均余命19.68年。生存数:65歳89,892人・82歳57,407人・88歳34,918人) (2026年9月30日確認)
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「平均寿命と健康寿命」(健康寿命は2022年値) (2026年8月25日確認)
- 総務省「家計調査報告(家計収支編)2025年平均結果の概要」(65歳以上の単身無職世帯:消費支出148,445円、実収入131,456円・可処分所得118,465円=非消費支出12,991円) (2026年9月30日確認)
- 税金・社会保険料の料率と計算式(文京区の国民健康保険料・介護保険料・住民税、東京都の後期高齢者医療保険料、国税庁の基礎控除・税率)は当サイト「年金の手取り計算」の出典一覧を参照 (2026年9月21日確認)